「體育富強之基」を残した日本体育大学―1891年、1949年、現在の読み方
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- 大学ブランディング研究所 編集部
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「體育富強之基」という同じ六文字が、国家の強さを意味した時代もあれば、一人ひとりの健康を支える意味で読まれる現在もあります。日本体育大学の公式説明は、その違いを隠さず並べています。言葉を残しながら、体育が誰のためにあるかは、どう変わってきたのでしょうか。

「解釈は変わった」と明記する
ページには「その解釈は時代とともに変わり」とあります。続いて、1891年の創設時は「体育は富国強兵の基本」、1949年の日本体育大学体育学部設置時は「体育は肉体をより強靭に富ます基礎」と解釈されたことが記されています。
現在は、スポーツを通じて「全ての人々」の心身の健康を育み、豊かで持続可能な社会の実現に寄与する考え方として説明されています。現在のミッションには教育学、保健医療学、地域社会、国際平和が並びます。
現在の「全ての人々」を、教育から読む
現在の解釈で見落としたくないのが、対象を「全ての人々」とする点です。競技に強い選手だけを育てる大学として読むと、この広がりを取りこぼします。
体育学部の教育課程方針を見ると、競技者やコーチを対象とする学びのほかに、健康学科の「地域健康サポートプログラム」があります。地域住民の健康で安心な生活を支える専門知識と実践力を学ぶための科目群です。同じく「健康ウェルネスプログラム」は、自分と他者の身体づくりを支える医科学や指導法を扱います。
編集部は、この対象の違いから現在の理念を読みます。体育で身体を強くするという関心が、自分の身体だけでなく、地域に暮らす人の健康や生活にも向いている。教える技術や科学的知識は、相手がどう暮らしたいかを支えるためにも必要になるのです。
この科目編成が特定の時点の理念改釈によって生まれた、と資料は説明していません。ただ、現在の理念と現在の教育が、競技者に限らない人々へ同じ方向に広がっていることは確認できます。
1891年、1949年、現在の解釈を読み分ける意味は、古い表現を現代語に直すことだけではありません。体育を誰のために使うのか、その答えの変化も引き受けて言葉を残す。日本体育大学の記録と教育課程を合わせると、六文字の現在の意味を、学ぶ対象と支える相手から考えられます。
