「誰かやっておいて」— 大学ブランディングが進まない“温度差”の正体

コラム

大学ブランディング講座 第2回 機運編 温度差の正体

本連載は、愛知東邦大学経営学部教授で日本ブランド経営学会会長を務める上條憲二先生の「大学ブランディング講座」(全10回)を、コラムとして再構成したものです。第2回のテーマは「機運をつくる」。今回はその前半として、大学ブランディングがなかなか前に進まない理由を、学内の“温度差”という切り口から見ていきます。

「ブランディング? 誰かやっておいて」から始まる

大学の広報課職員が、ある教員にブランディングへの協力を求めます。返ってきた言葉は、こうでした。

  • 「ブランディング? 誰かやっておいて」
  • 「先生の協力なしにできるわけないですって…」
  • 「そんな時間ないし…」
  • 「みんな時間ないです…!」

大げさな寸劇のように見えて、多くの大学で実際に交わされているやり取りです。危機感を持って動こうとする人と、「自分には関係ない」と受け止める人。この温度差こそが、大学ブランディングが進まない最初の壁です。

学内に広がる「あるある」

ブランディングという言葉を持ち出したとき、学内ではこんな声が聞こえてきます。

  • 「えっ、ブランド? 大学だよ、ここは。関係ないよ」
  • 「ブランドって広告とか、ロゴでしょ。広報でやればいいんじゃないの」
  • 「最近、ブランディングとか流行りだけど、大学には合わないな…」
  • 「イメージだけ変えても…、そもそも教育機関は…」

いずれも悪意から出た言葉ではありません。ブランドを「広告」や「ロゴ」といった表層的なものと捉えているために、「自分の仕事とは関係ない」と受け止められてしまうのです。ここで、「なぜ大学にブランドが必要なのか」「そもそもブランドとは何か」という根本的な問いが噴出します。

危機感を持つ人ほど、孤立しやすい

一方で、経営の最前線に立つ人ほど、事態を深刻に受け止めています。

たとえば、ある地方の中規模大学の理事長は、定員割れが常態化し、数年後には法人の収支が危うくなるという危機感を抱いています。「教育の中身が良ければ伝わるはずだ」という考え方が通用しなくなっていることを痛感しつつ、これまでの改革は学内の合意形成が難航して挫折してきた。「ブランディングが大事だ」とは耳にするものの、何から手をつけるべきか分からない——。そんな状況です。

学長の立場でも同じような悩みが生まれます。教育の中身には自信があるのに、それが外から“魅力”として見えない。「学内の一体感がない」「学生にも教職員にも大学の方向性が伝わっていない」と感じている。広報は頑張っているけれど、“点”の取り組みにとどまり、“線”や“面”にならない——。

問題意識を持つ人と、そうでない人。両者のあいだで危機感や緊張感が共有されないまま、時間だけが過ぎていきます。

大学が陥りがちな、4つの壁

では、なぜ大学ブランディングはこれほど進みにくいのでしょうか。大学には、一般企業とは異なる組織構造や、陥りがちな“罠”があります。多くの大学が同じような壁にぶつかっており、その原因は大きく4つに整理して考えることができます。

1. 組織の壁:合意形成が難しい

大学は一般企業以上にステークホルダー(利害関係者)が多く、それぞれの立場や正義が異なるため、ブランドの方向性を一本化するのが極めて困難です。ブランド戦略が「事務局や経営陣が勝手にやっている広報活動」と捉えられてしまうと、現場の協力は得られません。特に、大学のブランド力を左右する研究内容や教育の魅力を発信する肝心の教員が非協力的だと、中身の伴わないブランディングになってしまいます。さらに、経営トップの交代で方針が大きく変わり、それまでの積み上げがリセットされるケースも少なくありません。

2. 戦略の壁:「誰にでも好かれよう」とする総花的な発信

少子化への危機感から、あれもこれもと魅力を詰め込みすぎた結果、かえって「どこにでもある普通の大学」に見えてしまう現象です。受験生、保護者、高校の進路指導教諭、在学生、卒業生、地域社会、企業——すべての人に同時に同じメッセージを届けようとすると、誰の心にも刺さらない薄味のブランドになってしまいます。「すべての学部・学科を平等に扱う」という配慮のあまり、尖った強みを前面に押し出せないケースも目立ちます。

3. コンテンツの壁:「綺麗でお洒落な広報」がゴールになっている

パンフレットを新しくした、お洒落な特設サイトを作った、イメージCMを流した——。それ自体が目的になってしまうケースです。広告で見せる華やかなイメージと、実際のキャンパスライフや講義の質にギャップがあると、入学した学生の満足度が下がり、口コミや評判が落ちるという逆効果を生みます。大学の最大の資産は、そこにいる「人」です。優れた研究やユニークな活動をしている教員の魅力を可視化する、ストーリー性のある発信が不足していることも少なくありません。

4. 評価の壁:短期的な数字だけで測ろうとする

ブランディングは中長期的な投資ですが、目先の数値、たとえば今年の志願者数だけで成否を判断しようとすると、戦略がブレてしまいます。ブランドが認知され、信頼に変わり、最終的に「選ばれる大学」になるには数年単位の時間がかかります。短期的な成果を求めすぎると、結局は目先の入試イベント集客などの“戦術”に終始し、根本的なブランド構築ができません。

まず、認識の共有から

大学ブランディングの本質は、広告を派手にすることではありません。「この大学が社会に存在する独自の価値」を明確にし、学内の全員がそれを共有すること——いわゆるインナーブランディング——から始まります。

そのためにまず目指したいのは、こんな受け止め方への変化です。

  • 「ブランドって、広告やロゴじゃないんだ。誤解してた」
  • 「ブランドって広報だけじゃないんだな」
  • 「要は、“自分たちらしさ”をどうつくっていくかなのかな…」
  • 「ブランディングでうまくいっている大学もあるんだ…」

大学ブランディングの意味と意義を伝え、少しでも関心を持ってもらう。ここが機運づくりの出発点です。とはいえ、正論を並べるだけで学内が動くわけではありません。次回は、この温度差をどう乗り越え、「機運」を生み出していくかを、「最初の一人」という視点から考えます。