大学別分析

文教大学の「人間愛」を、教師の学びから読む

執筆
大学ブランディング研究所 編集部
最終更新日
文教大学の「人間愛」を、教師の学びから読む

文教大学が育てたいのは、「子どもの可能性を信じ、自ら学び続ける教師」です。教師像の説明は、この二つを「人間愛」の精神に基づくものとして掲げています。子どもを信じることが、なぜ教える側の学びまで求めるのでしょうか。

この大学が大切にするのは、人間の尊厳と発展する可能性への信頼です。建学の精神を読み、教師に求める具体的な姿へ進むと、相手を大切にすることは、自分の教え方を問い直すことにも関わると分かります。

教室で学修内容を話し合う学生たち

人間愛の前にあった言葉

学園は「立正精神」を建学の精神・教育理念として設立されました。公式ページは、その背景に日蓮と法華経の思想があることを示し、人間の尊厳と発展の可能性への信頼、理想社会の実現という意味を説明しています。建学の精神

現在の「人間愛」の説明も、すべての人を信じ、尊重し、慈しみ、育むことを挙げています。宗教的な背景を記したうえで、人にどう接するかという言葉で読めるようにしています。

大学ブランディング研究所 編集部は、この可能性への信頼を、教師像を読む軸に置きます。教える側が子どもを固定した見方で捉えるなら、これから発展する存在として信じるという教育観と隔たりが生まれるからです。

子どもの姿を記録し、そこにある力を読む

大学のポリシーでは、人間愛の実践を、他者の尊重やコミュニケーション、行動と社会への貢献として示しています。育成を目指す教師像になると、子どもに公平で受容的に接し、一人ひとりの発達に応じて自分の教育活動を省察するという、教室での仕事が見えてきます。

その見方を学ぶ授業の一つが、教育学部発達教育課程の初等連携教育専修にある「初等連携カリキュラム論」です。専修の紹介は、子どもの姿を観察や記録で捉え直すことを挙げています。ただ記録を残すのではなく、そこから子どもが発揮している力を読み取る「鑑識眼」を養う、と説明しています。

この専修が扱うのは、幼稚園と小学校の間にある学びのつながりです。遊びの中で芽生える自立心や思考力と、小学校の教科で深める学びを、連続したものとして捉えます。教科の課題ができたかどうかだけを見るなら、その前に遊びの中で使っていた力を見落とすかもしれません。観察と記録は、目の前の姿を、子どもが育ってきた過程に戻して考える手がかりになります。

人間の発展する可能性を信じることは、まだ見えていない成長を期待するだけではない。この授業と建学の精神を合わせると、すでに子どもが表している力を見つけようとする姿勢としても読めます。教師自身が学ぶ必要があるのは、子どもを評価する尺度を増やすためだけでなく、その子が何を考え、何を試しているのかを読み取るためなのです。